過去の思い出
創業明治25年 手彫り一筋相馬印ばん店へお伺いした。
半年ほど前、商工会議所のセミナーで仲良くなった相馬 宗典
(そうま むねのり) 四代目に会いにお伺いした。
今日お伺いして一度確認せんといかんと思っていた事に学生時代に
18歳(17年前)高鍋に住んでいたんですが相馬印ばん店で手彫りの印鑑を
作っていただいた事がある。↓↓↓↓これがその時彫っていただいた印鑑です

正直、相馬君に出会うまでは、その事を全く忘れていた今日確認でき、
今だに現役の判子を写真に写してみた。
今日、三代目ともお話をする事ができその時のことが思い出された・・・。
自分の重面という名字を行き成り、解読し始めことがなつかしい重は
そのまま重要なポストとゆう意味で面という字はもともと国がまえに頁が
入っており、先祖は国を動かしていたポスト・・・。三代目はヨイショが
うまい?(笑)と言うような事を教えて頂いた。
しかも、その時自分は大学生でお金が無いヨイショされても・・・(笑)
処がその時提案してくれたのが、今もって要る印鑑を削りなおせば
十分使えると、しかも写真では解りづらいが機械で彫るから廻りの
縁が直角になり良く欠ける、手彫りで縁を斜めにすれば欠け難く
長持ちですよと、しかも彫り賃だけで良いとその時なんと良心的な
職人なんだろうと心が温かくなったのを思い出しました。
それとこの印鑑の重面は今見ても味があるなーと・・・。
その17年間使いつづけても(たいがい使ってます)長持ち一生もの
こういった仕事が職人の技と言う事だと思いました。
半年ほど前、商工会議所のセミナーで仲良くなった相馬 宗典
(そうま むねのり) 四代目に会いにお伺いした。
今日お伺いして一度確認せんといかんと思っていた事に学生時代に
18歳(17年前)高鍋に住んでいたんですが相馬印ばん店で手彫りの印鑑を
作っていただいた事がある。↓↓↓↓これがその時彫っていただいた印鑑です
正直、相馬君に出会うまでは、その事を全く忘れていた今日確認でき、
今だに現役の判子を写真に写してみた。
今日、三代目ともお話をする事ができその時のことが思い出された・・・。
自分の重面という名字を行き成り、解読し始めことがなつかしい重は
そのまま重要なポストとゆう意味で面という字はもともと国がまえに頁が
入っており、先祖は国を動かしていたポスト・・・。三代目はヨイショが
うまい?(笑)と言うような事を教えて頂いた。
しかも、その時自分は大学生でお金が無いヨイショされても・・・(笑)
処がその時提案してくれたのが、今もって要る印鑑を削りなおせば
十分使えると、しかも写真では解りづらいが機械で彫るから廻りの
縁が直角になり良く欠ける、手彫りで縁を斜めにすれば欠け難く
長持ちですよと、しかも彫り賃だけで良いとその時なんと良心的な
職人なんだろうと心が温かくなったのを思い出しました。
それとこの印鑑の重面は今見ても味があるなーと・・・。
その17年間使いつづけても(たいがい使ってます)長持ち一生もの
こういった仕事が職人の技と言う事だと思いました。
自分が造園業から転職して、某ハウスメーカーの支店配属された当時、支店には営業マンは13人でしたが、消費税需要も終わり3%から5%にあがった後、3ヶ月間支店では支店全員営業マン受注が0と言う、前代未聞の成績を経験した事があった。
その月、支店長会議というものが本社であり、その時、間違いなく支店長は社長から指導(詰められた事)があったと聞いて先輩方はみんな「誰がリストラ・・・。」「支店長帰ってきたら機嫌悪いデー・・・。」などと、支店の中が相当なまでに、ドヨヨ~ンとしていました。
そ んな中、支店長が帰って来ての全体会議があり、皆がカタズを呑んで支店長の言葉を待ている最中、支店長が言った言葉は・・・成績を攻めるわけでもなく淡々 と「明日から朝1時間早く出社して、早朝訓練をやる」と。又、「もう一度、訓練から先ず始めよう。」「営業は経営者と同じ立場だ」と。
自分にはその時、衝撃が走ったのを今でも鮮明に覚えている。もちろん、支店長は自分たちに言いたい事が山ほどあったに違いない。
翌日、早朝からの講義には支店長が自ら受け持ったのを見ても率先垂範を見させていただいた。
自分のサラリーマン時代にこういった人に出会い鍛えて頂いた事は幸せな事だと思う。
ちなみに、その支店長は愛知県で事業を起こされています、社長としては自分が1年と少しせんぱいです(笑)


